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第30回Newポートフォリオマネジメント
ポートフォリオとは
ポートフォリオはイタリア語のPortafoglio(ポルタフォリオ)が語源で「札入れの財布」を意味し、日常的には「紙ばさみ」や「折りかばん」などを意味する。 金融業界においては、有価証券を紙ばさみに挟んで保管されることが多かったため、有価証券を挟んだ紙ばさみを「ポートフォリオ」と呼ぶようになった。
その後、1970年代に「モダンポートフォリオ理論」というリスク管理を行う投資理論が考案され、金融業界においては資産や投資のリスク管理を行う手法として、その概念が広く普及するようになった。
ポートフォリオは異なるリスクとリターンの複数の資産や投資を組み合わせることによって、リスクを最小化し、リターンを最大化する手法として広まり、投資マネジメントとしての色合いを持つが、その概念がプロジェクトマネジメントの領域に浸透し、プロジェクトを一つの投資としてとらえることによってプロジェクトを所有する企業がプロジェクト投資のリスクを最小化し、リターンを最大化するための戦略的な手法として認知されるようになった。
ポートフォリオマネジメントとは
ポートフォリオマネジメントは適用によって異なる呼びを持つ。企業の製品戦略においてはボストンコンサルティンググループが開発したプロダクト・ポートフォリオマネジメントが有名であり、製品ごとに市場の成長率と相対的市場占有率を軸に、どの製品に投資を積極的に行い、どの製品には投資を抑えるかという、非常にシンプルな事業戦略の方法を編み出した。 この手法は、現在においてもオーソドックスな製品投資戦略の手法として多くの企業に活用されている。
プロジェクトマネジメントの世界においては、プロダクトをプロジェクトに置き換えたプロジェクト・ポートフォリオマネジメントの手法が存在し、企業の抱えるプロジェクトへの最適な投資戦略の立案ツールとして利用されている。プロジェクト・ポートフォリオマネジメントのベースはStandish Groupが最初に提案したものが有名であり、プロジェクト・ポートフォリオは企業における全てのプロジェクトの相対的な価値とリスクを映し出し、同時に将来的な企業価値そのものを映し出すツールとして利用した。プロジェクトの相対的な価値とリスクを認識することでプロジェクトの重要性の順位を決定し、プロジェクトの取捨選択と、優先順位を決めることを狙いとする 。
ポートフォリオマネジメントの位置付け
ポートフォリオマネジメントはPMBOKではプログラムマネジメントの上位の位置づけとして扱われて、ポートフォリオープログラム―プロジェクトの階層で説明されることが多いが、個人的には無理があると思っており戦略プランニングの一つとして理解するほうがすっきりする。ポートフォリオマネジメントの根幹はリスク&ベネフィットマネジメントであり、様々な切り口から複数のプロジェクトを評価し取捨選択するには優れた手法であるが、時間軸で複数のプロジェクトの関係性を示し戦略立案するには向いていない。基本的にプログラムとプロジェクトの関係は明確であり、プロジェクトはプログラムに内包され、時間軸とともにコントロールされる。しかし、ポートフォリオ自体に時間軸の概念は乏しく、ポートフォリオはプログラム及びプロジェクト全体をあるタイミングのスナップショットとしてしかとらえられず、プログラム間、プロジェクト間の関係性を説明するには向いていない。
業界において医薬品業界のようにポートフォリオマネジメントを戦略プランニングとして活用している業界もあるが、自動車業界のようにポートフォリオマネジメントをほとんど活用せず、ロードマッピングを戦略プランニングとして活用している業界もある。ロードマッピングはプロジェクトを様々な切り口で相対評価するには向いていないが、プロジェクトの関係性を時間軸をもとに表現するには向いている手法である。このように、業界において戦略プランニングにおいて利用する手法に違いがあるのが現状であり、ポートフォリオマネジメントもロードマッピングも一長一短があるなかで、ポートフォリオマネジメントをプログラムの上位マネジメントとして定義するには少し違和感を覚える。さらには、プログラムも大規模になり多くのプロジェクトが提案され取捨選択が必要にある場合もあるが、その時にプログラムで提案された複数のプロジェクトの取捨選択を行ったり優先順位を決めたりするときに、プログラム内のプロジェクトに対してポートフォリオマネジメントを行うこともある。筆者自身、下図に示すように変革プログラムの実施において提案プロジェクトを評価し優先順位を決めるためにプログラムにおいてポートフォリオマネジメントを行ったこともある。
ポートフォリオプランニング
ポートフォリオマネジメントは大きく2つの場面での活用が想定される。企業が戦略の実現のためにプロジェクト・ポートフォリオを利用するすると、戦略を実現するための計画ステージと作った計画を上手く戦略を実現するためにコントロースするステージでの利用が考えられる。
計画段階での利用をポートフォリオプラニングとすると、ポートフォリオが内包するプログラム、プロジェクトが企業の目指す戦略の実現を可能にするプロジェクトが最適に選択されているかを確認する手段としてポートフォリオマネジメントが行われる。企業の限られたリソースと予算の範囲の中で戦略実現のためのプロジェクトを選択するためのポートフォリオプランニングでは、リスクとベネフィットの観点からプロジェクトは評価されるが、時系列的にプロジェクトを並べ事業領域ごとに適切なプロジェクトが存在しているかパイプライン的に評価するやり方は現実的に医薬業界ではよく使われる。その領域で新しい製品が枯渇すると、市場で他社製品にとってか代わられてしまい、顧客を奪われ事業的に大きなダメージを負うことになりかねないので、事業領域ごとにパイプラインとしてプロジェクトの存在を確認し、もしあるステージが弱ければそのステージの製品を他か取ってくるようなパイプラインマネジメントの一環としてポートフォリオマネジメントを活用するのである。つまり、中・長期的に事業の健全性を担保できるように単にプロジェクトを取捨選択するだけでなく、不足するステージにはそれを補充するような活動を行い事業全体としての戦略の健全性をためるためのポートフォリオプラニングが行われたりする。
ポートフォリオコントロール
戦略を実現するためのプロジェクト・ポートフォリオが出来上がれば、次はそれを具体的なプロジェクトとして立上げ戦略実現に向けて遂行していくことになるが、プロジェクトが想定通りいくことは現実的に少なく、プロジェクトは様々な問題に直面し、スケジュールの遅延やリソース増大、予定する成果の増減、さらには様々な理由によってプロジェクトを中止・中断に追い込まれたりする。特に医薬品業界においてはその不確実性は顕著であり、臨床試験に入ったプロジェクトでもそのプロジェクトが承認され製品が世に出る確率せいぜい10%しかない。開発プロジェクトの中止が90%以上もある不確実の世界ではプロジェクト・ポートフォリオの内容の変化は激しく、現状の実態をベースにプロジェクト・ポートフォリオの状況を確認し、戦略とのギャップを見極めギャップを最小限にするためのコントロールが不可欠となる。医薬品業界では、ポートフォリオに存在するプロジェクトの状況を確認・更新させ戦略を実現するためのポートフォリオにおける調整を通常四半期ごとで実施している。ポートフォリオを四半期ごとに見直し再調整することで戦略と現実のギャップを最小化し、戦略の遂行を行っている。
医薬品業界におけるポートフォリオマネジメントの実践事例
ポートフォリオの評価項目
ポートフォリオ分析は企業におけるプロジェクトの相対的な価値とリスクを映し出す。ポートフォリオには画一的な評価指標は存在せず、各業界・企業に適した評価項目を選択し客観的な尺度を構築することが重要であり、また多面的に複数の軸でプロジェクトを相対的に評価し取捨選択や優先順位を決めることが望ましい。下記にポートフォリオで利用する軸の一例を参考までに示す。
・企業戦略との適合度、貢献度(プロジェクトと企業戦略との整合度合)
・市場規模(製品の販売規模と市場へのインパクトの大きさ)
・市場競争力(製品の市場における競争力)
・財務的な報酬(プロジェクトにより創出されるキャッシュフロー)
・技術的な革新性(技術的な新しさと企業に対する貢献度)
・成功確率(プロジェクトが成功する確率)
・開発投資コスト(製品開発を行うまでの投資コスト)
・完了までの期間(完了までに要する期間)
・マーケティングなどを含めた事業展開費用
・マーケティングなどを含めた事業展開費用
・環境・社会における受容性(環境問題や社会的な悪影響を発生させないかどうか)
・社内ビジネスプロセス改善に対する貢献度
・人材育成から見た貢献度
・企業分ランドの向上に対する貢献度 など
ポートフォリオの実践と課題
ポートフォリオ分析において、様々な評価軸で評価を行っても、それだけでは要不要の評価には直結しない。どんなに予想収益が高くても、ロードマップ上ではどこにも当てはまらない、自社戦略との適合性が薄いようなものには投資をしない決断をしたり(またその逆で今のキャッシュを稼ぐために敢えて投資を行ったり)、予想収益は低く、リスクは高くても実現した際の他プロジェクトへの波及効果が起きいものなどは積極的に投資するなど、ある時点のスナップショット(ポートフォリオ)を見ながら議論を重ね意思決定を行うことが望ましい。
ポートフォリオマネジメントを実践するにおいて、判断に繋がる情報の収集をいかに適切な粒度でタイムリーに収取できるかは重要な運用課題となる。新規・既存のプロジェクトに対して戦略の観点から判断するにおいて現場からの情報提供が不可欠となるが、集めるべき情報を特定し、容易に情報を収集できるような情報フローを構築することはとでも重要である。現場の情報収集負荷を低くし、かつ最新の情報を収集するために、日々のプロジェクト活動の延長でとらえ、その下で負荷が高くならないように情報を取得できる仕組みがポートフォリオマネジメントを運用するためにも必要となる。
そのためにも、企業としてポートフォリオマネジメントを遂行するタイミングを明確化しておく必要があり、「四半期、半期、年度などの定期開催」、「新規プロジェクト受注時(立上時)」、「既存プロジェクトの大きな状況変化時」など、ポートフォリオを見直し最新化する時期は組織として統一した動きができるように決めておくことが望ましい。環境が大きく変化した際に、戦略への影響分析を行い、当初立案した戦略からの変化点を明確化した中で、その時点のスナップショットとして、ポートフォリオの見直しを行い、状況の影響度を可視化する。環境はあくまで変化するものであることを認識して、組織としてのポートフォリオマネジメントのPDCAのサイクルを定義し、そのサイクルの中で変化を捉え対応できる仕組みを持つことは戦略を実践するため重要な要件となる。