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第5回リスクマネジメント

PMBOKのプロジェクトマネジメントには9つのマネジメントエリアが定義されているが、今回からは、そのマネジメントエリア一つ一つに対しての理解を深めるためのコラムを9回連続で掲載する。第1回目はリスクマネジメントを選択した。リスクマネジメントを初回に選んだことには意図があるので、留意して読み進めて頂きたい。

リスクマネジメンメントはプロジェクトの成功に対して大きな影響を与えるという意味からも、プロジェクトマネジメントの9つの要素の中でも最重要に位置づけられると理解してよい。プロジェクトにおけるリスクをどのように判断するかによって、プロジェクトの計画そのものが変わるだけでなく、リスクを取れないと判断すればプロジェクト自体が中止することもあり得るのである。プロジェクトマネジメントの全てのエッセンスは、このリスクマネジメントに集約されるといっても過言ではない。

リスクマネジメントを考える場合、プロジェクト実施前と実施後のリスクについては少し分けて考える必要がある。両者は互いに無縁ではないが、リスクマネジメントとしての検討内容や検討姿勢が異なるからである。宝石で例えてみると、実施前はその原石を買うか買わないか(ポテンシャルの見極め)の議論であり、実施後はどう磨けばより高く売れる美しい宝石となるか(可能性の追求)の議論となる。プロジェクトとしては同一であるが、このようにリスクへの評価・判断の姿勢も異なり、同時にリスクを評価する人間も、実施前と実施後では違ってくる。前者はより経営側の人間が、後者はより実施側の人間が担当することになる。

プロジェクト実施前は、潜在的なリスクと同時にプロジェクトが持つ潜在的なベネフィット(価値)が一緒に議論される。プロジェクトを実施するということは、組織としてそのプロジェクトを受け入れることであり、そのプロジェクトの持つベネフィットと同時にリスクも含めて受け入れることになる。ここで重要なことは条件闘争、つまりプロジェクトの存在条件をいかに自分に有利に持っていけるかどうかである。宝石であれば、いくらまでだったら買うのか、という見極めの能力が重要となる。能力がなければポテンシャル以上の費用を出さなくてはならないが、能力があればポテンシャルに対して格安の値段で買えることになる。まさに、組織としての見極めの力量が問われるところでもある。

また、いくらで買うかは状況によって変化することもある。余裕があれば無理をして買う必要は無いので魅力的でなければ買わないであろうが、切羽詰まっていれば少々高いと思いながらも多少無理をしても買おうとするであろう。このように、意思決定のラインは一定の位置にあるのではなく、常にビジネス状況によって変化する。この特徴は、プロジェクト実施前のリスクマネジメントには常につきまとう。リスクに対して評価・判断をおこなうための最低限の見極めのガイドラインは不可欠であるが、所詮は人が見極めることである。その場の状況を柔軟に判断して大局的に見極める能力を組織として持つことが重要な課題となるであろう。

今の時代は賢くリスクを取ることが求められる。リスクを取らなければベネフィットも獲得できず、取れないリスクを取ってしまえば下手をすれば企業の存続さえも危うくなる。この見極めの能力は、これからますます重要性を帯びてくることは間違いない。

さて、次に議論すべきはプロジェクト実施後におけるリスクマネジメントである。一般にプロジェクトマネジメントでいうリスクマネジメントはこの部分を意味することが多いが、どれほどの組織が体系立ったリスクマネジメントを実施しているであろうか。これまで多くの企業においてプロジェクトマネジメントに関わるコンサルティングを行ってきたが、リスクマネジメントを体系立てて実施している企業は1割にも満たなかったというのが実情である。企業において課題 (Issue)管理は実施されているが、リスクマネジメントは実施されていないという状況を、これまで数多くの企業で見てきた。中には、リスクマネジメントと課題管理の区別もわからず、課題管理をもってリスクマネジメントと称する企業もあったが、課題管理はリスクマネジメントに似て非なるものであり、この違いを正しく理解した上でリスクマネジメントを行わなければプロジェクトの持つ潜在的なリスクに対応することは難しい。

ここで、課題管理とリスクマネジメントの違いについて少し触れておきたい。課題管理はプロジェクトとして実施すべき対応項目を明らかにし、その実施進捗や状況を確認していくマネジメントであるが管理されるべき対象は課題であってリスクではない。

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「課題」とは、"実施すべきこと"であり、プロジェクトにおいて既に認識された取り組むべき作業でもある。つまり、課題となっていること自体、その事象は「顕在化」されており、あとは、いつ誰がどのように取り組むかを決めて実施するだけとなっている。リスクマネジメントにも関係はするが、リスクマネジメントそのものではない。リスクマネジメントの最も重要なポイントは「リスク」を洗い出し、評価し、対応を決める部分であって、俗に言われる課題管理ではこのプロセスが希薄である。

多くの課題管理における課題の発生の仕方を見ると、プロジェクトを実施している中で徐々に問題点が見えてきて課題として対応することになったか、あるいは既に問題となってしまったので課題として対応することになったかのどちらかにおおよそあてはまる。

つまり課題には、リスクが顕在化して問題となったために「課題」となってしまったものがほとんどであり、リスクを吟味して出てきた課題はほとんど含まれないことが多いのである。言い換えれば、火事や小火に対する消火活動に似た「消火のマネジメント」になっていることが多いのでる。

リスクマネジメントの本質は「防火のマネジメント」にある。防火とは将来起こるかもしれないことへの予防的活動であり、この防火活動がリスクマネジメントの「肝」となる部分である。「リスク」から「課題」に持っていくまでのプロセスが本来のリスクマネジメントが目指すべき部分であるが、なかなかこの部分ができていない。

防火的課題を設定するには、「リスク」を洗い出さなくてはならないが、この部分が難しい。リスクとは全く経験がないところからは簡単には出てこない。特にはじめてのプロジェクトは経験が無いためにリスクを出せといっても容易にメンバーからリスクがあがってこないのである。ここでのポイントは2つであり、1つはいかに組織の知恵を活用するかであり、もう1つはいかに深く突っ込んだ議論を行うかである。

初めてのプロジェクトであっても、環境が似ていたり、扱う技術が似ていたり、プロジェクトの一部と類似性を持った違うプロジェクトを担当した人は組織のどこかにいるものである。組織の知恵を集めるときは、計画を練るときであり、それらの経験者を入れてプロジェジェクトの潜在的なリスクを洗い出すことが重要である。しかし、このとき、ただリスクを出せと言ってもそう簡単には出てこない。聞き方が重要であり、「もう一度同じプロジェクトをやるとしたら、どうやってやる?」と聞けば結構いろいろと聞けるはずである。なぜなら、誰もが次には前回の問題(今回のリスク)を回避しようとして進めるはずであり、自分のこととして経験に照らし合わせ考えやすくなるのである。

深い議論を行わずに出てきた表面的なリスクに対応していては、充分な効果をあげることは難しい。根幹的なリスク要因を突き止め るには、何にも増して深い議論が必要なのである。これまでのコンサルティング経験を通しても、時間をかけて深い議論を行った結果、本当のリスクと問題点に行き着くことが多かったことも事実である。ゆえに、リスクマネジメントを行っているかどうかを聞く場合、どれほどリスクについて検討の時間を割いたかどうかは、リスクマネジメントができているかどうかをチェックする一つのバロメーターにもなりえると考えている。プロジェクトに余裕がなくなり、計画に割く時間がなくなっているとよく聞くが、この場合はなおさら計画にもっと時間をかけることが重要となる。計画で使う時間は、実施の時間に比べればそれほど多くは無い。そこをケチるより、リスクを充分検討しリスクに耐えうる計画を作ることが、今の時代重要であって、すぐに実施に入ることには気をつけたほうが良い。古人いわく、「急がば回れ」とはよく言ったものである。