Column
第27回モチベーション
モチベーションの効果
モチベーションが個人の生産性に大きく関与することは誰もが理解しているところであるが、どのくらい生産性へ寄与するか正しく理解している人は少ないのではないだろうか。ハーバード大学のウイリアム・ジェームス(William James)の研究によると、モチベーションの低い状態では本人の持っている最大能力のせいぜい20%-30%程度しか発揮できず、高いモチベーションにある状態では最大能力の80%-90%にまで跳ね上がる。この差は見過ごせない差であり、単純にこの数値を生産性の差だと解釈すると3~4倍の生産性の差が生じることになる。それほど、モチベーションが生産性に与える影響は大きいものがある。
生産性の大きく寄与するモチベーションを企業がどのように意識してマネジメントを行っているのであろうか。筆者がこれまで多くの企業で見てきた事実は、日本の大手企業においてはモチベーションを上げるマネジメント以上にモチベ―ションを下げるマネジメントが横行していることである。生産性に寄与するモチベーションを意識するマネジメントは関わる人をしっかりと見ていくマネジメントが必要となるが、どの企業も余裕というものが枯渇してきており短期の成果だけが求められ、人はその成果を出すために駆られて働かされているという現状である。仕事を楽しむどころか、仕事に追われている状態で周りの人たちのモチベーションを気にするゆとりがないのである。そのことが、結局低い生産性となって現れ、生産性が低いため成果が上がらずさらにゆとりを失うという悪循環の中で苦闘している企業は意外に多い。
モチベーションの種類と要因
モチベーションには2種類のモチベーションが存在する。一つは内的モチベーション(Intrinsic Motivation)といって、本人の好みや考え方に大きく関係するモチベーションであり、外部に左右されにくく継続性を持つモチベーションである。 もう一つは、外的モチオベーション(Extrinsic Motivation)と呼ばれ、外部環境や条件などの外的環境要因(Hygiene factor) に大きく依存するモチベーションである。わかりやすく言えば、内的モチベーションは本人の好き嫌いに依存するモチベーションであり、自分の好きな仕事をすればモチベーションが高くなるが嫌いな仕事をするとモチベーションが低くなるといった類いは、このモチベーションが起因する。外的モチベーションは環境要因であり環境によってモチベーションが上下する特徴を持つ。例えば、仕事は自分がやりたい好きな仕事ではあるが、その仕事をやるためには単身赴任せねばならず家族とは長期にわたって離れ離れとなり、孤独の中で仕事をやっていかなくてはならないとなると、たとえ好きな仕事でもモチベーションは下がってくる。逆に、与えられた仕事は自分の好きな仕事ではないが、仕事を一緒にやるメンバーには恵まれ、メンバーと信頼関係の中で仕事を進めていければモチベーションは維持することも可能である。このように、環境によって大きく左右されるものが外的モチベーションと言われる。
有名なマズローの5段階の欲求に対比させると、外的モチベーションは第一段階(生理欲)、第二段階(安全欲)、第三段階(社会欲)が当てはまり、内的モチベーションは高度な要求である、第四段階(名誉欲)と第五段階(自己実現欲)があてはまる。プロジェクトで考えると、内的モチベーションはどのプロジェクトをやるかに依存するモチベーションであり外的モチベーションは誰とやるかに依存するモチベーションである。このことをマネジメントはしっかり頭に入れておかなくてはならない。企業において社員全員に好きな仕事を与えることは現実的に不可能に近い話である。だからといって、好きな仕事を担当できないのでモチベーションが低くなり成果が出せないかというとそうではなく、外的モチベーションを上手く扱うことができればメンバーのモチベーションは上向き成果も出しやすくなる。外的モチベーションを上手く活用することこそがマネジメントの仕事であり、プロジェクトにおいてはチームメンバーのやりやすいプロジェクト環境を整備することは、プロジェクトマネジャーにとっても非常に重要な仕事だと肝に銘じておく必要がある。その環境を作ることによって、プロジェクトチーㇺのメンバーはモチベ―ションを高めることができ、結果として高いモチベーションが成功に貢献することとなる。人間関係を含めてプロジェクト環境を整えることは、プロジェクトマネジャーにとってとても重要な仕事であり、決して人任せにするようなものではないのである。
また、別な視点でモチベーションをとらえ、モチベーションの改善を行うことを奨めている人物もいる。デビッドシロタは多くの人の行動から、最終的にモチベーションの源泉を3つに絞り込んだ。それは、「公平感」「連帯感」「達成感」の3つであり、結論から言えばこの3つの要素が問題なければモチベーションは下がらないということである。逆の3つの要素のうち1でも落ちてくるとモチベーションは下がってしまう。プロジェクト環境において、プロジェクトマネジャーはこの3つの要素をしっかり頭に入れて、健全に保たれているかどうかを常に自問自答していく必要があり、もし問題の兆候が見えたのであれば素早く改善のための施策を打たなくてはならない。
筆者自身もデビットシロタの意見に賛同するが、それには理由がある。過去、あるメーカーで3つの要因の1つに支障をきたし、モチベーションが下がっていたのを実際に見たことがあるからである。そのメーカーでは当時カーナビを作っていたが、カーナビにはシステム、ハード、ソフトと大きく3つの技術要素が必要であり、それぞれのエンジニアが協力してカーナビを開発していた。カーナビの黎明期においては、システム技術者、ハード技術者、ソフト技術者がプロジェクトチームとなって製品開発を担当し高いモチベーションを維持しながらプロジェクトを推進していた。しかし、カーナビの普及期に入るとカーナビの種類は増え、モジュール化も進み分業的にカーナビ開発が行われ数多くの開発をこなすようになっていった。しかし、その開発環境の中でソフトウエアの品質が徐々に低下し、様々な問題を起こすようになっていた。この原因の一つがモチベーションであり、その中でも達成感がソフト技術者には得難くなっていたのである。例えば、カーナビの経路計算を取ってみると、ソフト技術者は常にバージョンアップという経路計算のプログラムを延々と改善し続け終わりのない仕事を続けていくようになる。システム技術者やハード技術者は製品の完成がプロジェクトの完了であり、製品を納品することができることでプロジェクトの達成感を得ることができたが、ソフトウエア技術者は改善の繰り返しであり、自分のソフトウエアが完了し製品として納められたと実感することができなくなっていたのである。そのため、達成感が薄れモチベーションは下がり、結果として品質への影響が出ていたのである。
マネジメントの実態
往々にして、優秀なマネジャーは自信もあり人を自分の思う通りに動かそうとして、個々人のモチベーションなどあまり意識せず成果だけを求めて動かそうとする傾向がある。つまり、「指示する側」と「される側」の二極化構造のなかでプロジェクトが行われる環境となるが、このような構造においてモチベーションがどれほど健全に保たれるのか疑問が生じる。指示する側は意識も高く、達成意欲も高く、当然モチベーションも高く維持できている可能性は高いが、指示される側は果たしてどうだろうか。指示されるということは、全体像が見えているわけでなく、自分が担当するところの部分的なところだけが分かっているにすぎず、その部分を指示された内容で実施するが、それでうまく収まることはなく、自分のあずかり知らぬところでの出来事の影響を受け、状況が変化するとこれまでとは違った指示を受けそれをやらされるという具合になっているケースが多いのではなかろうか。言い換えれば指示はころころ変わり、自分では自分の仕事をコントロールすることが難しい状態となっているわけで、そのような中でフラストレーションは増すであろうがモチベーションが高まるとはとても思えない。
人は高いモチベーションを維持するためには、自ら考え自ら意思決定し行動することが必要である。セルフコントロールできない環境でモチベーションを維持することは難しいと理解しておくべきであろう。モチベーションを高く仕事にあたらせるためには、それぞれがプロフェッショナルとして考え自分で動けるようなチーム環境が不可欠である。上下関係に根差したモチベーションは脆弱である。高いモチベーションで仕事ができれば、成果も出しやすく、成果が出れば達成感も味わうことができ、仕事を楽しいと思えるようになる。プロジェクトマネジャーは、チームのメンバーが仕事を楽しめているかどうかを見てみると良い。楽しめているメンバーは高いモチベーションで仕事ができている。一方で、楽しめず追い込まれているメンバーはフラストレーションが増し、ストレスと戦っている状態でモチベーションは当然ながら低いであろう。このような低いモチベーションで高いストレスの状態があるとしたら、それは危険である。メンタルの問題はそのような状態で発生する確率が高いからである。高いモチベーションで仕事を楽しんでいるメンバーはたとえ長時間働こうがメンタルの問題を起こすことはまずない。楽しむことは人の健康にとっても、仕事の結果にとっても重要なことなのである。マネジメントはその原理原則を頭にいれて動いていくべきであろう。
しかしながら、その逆の話はいたるところで聞くことが多い。〇〇〇ハラスメントといった類は全てこの分に当てはまる。ハラスメントを受けたものは間違いなく、モチベーションは低下することになり生産性も下がってくる。
昨今は働き方改革が叫ばれているが、どうも日本人に多い残業をどう減らそうかということばあかりで、モチベーションを上げてどんどん働いてもらおうという話は出てこない。
こんなことを言うとブラック企業だと非難を受けるが仕事をどう捉えているかによって見方が変わってくると思っている。株主・経営者・従業員の主要ステイクホルダーにおいて、株主と従業員を「搾取する側」と「搾取される側」の対立軸で議論すれば、弱者である従業員を守るため残業規制、時短や賃金アップなどの働き方改革のテーマが浮かび上がってくるが、株主と従業員がリスクシェア・プロフィットシェアをベースに共存しようとするならばこの手の働き方改革は些末な話となる。
いろいろ意見はあろうが、筆者は仕事を楽しくすることが最も大事なことであると考えている。仕事が面白ければ人は時間も気にせず楽しく働け、高い成果を出せ、その結果業績は上向き会社は潤う。その潤った果実を皆で分ければ誰もが幸せになり、会社も強くなる。当然、体を壊すような働き方はしてはならないことが大前提であるが、仕事を楽しいと思える環境作りこそがあるべき働き方ではないだろうか。
従業員満足度
従業員満足度の重要性について、明治大学の鈴木研一先生からお聞きした事例をお話しする。先生は国内に多くのホテルを持つある企業において顧客満足度に何が大きな影響を与えているかを調査した。顧客満足度が高いホテルはリピート率も高く、収益性も高くなることはホテル業界での常識となっているので、顧客満足度を上げるための要素を明確することが目的であった。その結果わかったことは、顧客満足度には「ホテルグレード」と「従業員満足度」の2つの要素が大きき寄与していうことが明らかになった。その企業では価格に応じて「ホテルグレード」がいくつかあり、そのグレードが顧客満足度に影響を与えていることが明らかになったが、その結果はある程度想像できていたので、それほど大きな驚きはなかった。しかし、もっとも大きな影響を与えていた要因は「従業員満足」であり、その影響度は「ホテルグレード」の6倍もの大きさがあり、その影響の大きさは驚きであった。つまり、従業員満足度の高いホテルは顧客満足度も高く、財務業績も良いことが分かったのである。この内容は管理会計学会でも発表されているが、顧客満足度の影響が財務業績まで大きく影響することを証明したことは学術的な観点からも素晴らしい研究業績として評価されるが、実務家の視点からも従業員満足の影響の大きさ示したことは素晴らしく経営スタイルへの大きな助言を示した研究成果とも言える。従業員がモチベーション高く生き生きと楽しく働けている企業は従業員自身も満足であるだけでなく、そのサービスを受ける顧客の満足度もあがり、結果的に財務業績も良いということなのである。
その研究において、従業員満足度に与える要因も同時に分析されているが、従業員満足度には給与や報酬などの「外的報酬」よりも、仕事への喜びや達成感などの「内的報酬」の方が大きく寄与し、その違いは6倍以上あった。そして、それらの要因をさらに深掘りしていくとそれぞれのホテルでのシニアマネジメントの影響が非常に大きいことが明らかになったのである。マネジメントが健全であれば、従業員は内的報酬を十分感じ取れ、従業員満足度も高くなり、その結果として顧客満足度も上がりホテルの収益性も高くなっていた。モチベーション高く働けるということは、重要であるとういう話ではなく、企業が継続して成果を出し続けるにはそれしかないと思った方が良いのかもしれない。
このモチベーションを活用している代表的な企業が米国にある。ノードストロームという米国でも有数の百貨店チェーンがある。この企業は「自分の町に来てほしい店・企業」の全米No.1として評価の高い企業であるが、この企業の規則には次のようなことが書かれている。
非常に面白い規則である。これは個人のモチベーションを期待し、そのモチベーションによって成果を出すことを固く信じているのである。かといって、ノードストロームは甘い企業ではなく、成果を出せないとクビになることでも有名である。ここの社員は2極化し、一つは結果を出せずにすぐに辞めていく人と、結果を出し続け長い間この企業にとどまる人に分れる。人の指示でしか動けない人にとっては、これほどつらい企業はないが、自分で考え成果を出したい人にとっては、これほど面白い企業はないのである。この1つの規則が社員を2極化させているのである。
モチベーションシステム
モチベーションを活用し生産性を高めたシステムとしてセル生産方式がある。これは日本で生まれたシステムであり、大量生産方式と対極にあるシステムであり人のモチベーションを最大限に活用するようにできている。多くの企業でセル生産方式の採用が進んでいるが、キャノンでの活用は有名である。キャノンでは一眼レフカメラを中心に映画制作機器、ビデオカメラ、レンズなどの製品を、いずれもセル生産(小さな単位での生産)方式によって製造している。セル生産では、製造に関わる一人ひとりが技能レベルに応じて複数の工程を受け持ち、製品を組み立てているので品質問題が発生すれば自分の責任であることが認識できるとともに、自分で一から組み上げるので作る喜びを誰もが感じ取れ達成感が等しい大きい。ゆえに、人は高い品質のものを効率よく作っていこうと創意工夫を行い、品質とともに生産性もが向上していく。
また、セル生産は、極限の小ロット生産でもあるので必要な時に必要な数だけ作るジャストインタイム生産にも適しており、工場の競争力にも大きく貢献している。人のモチベーションを活用することが企業経営に大きなプラスをもたらすことは常識になっているにも関わらず、人のモチベーションを意識した経営ができている企業は少なく、従業員のモチベーションはおざなりになっているのは残念なことである。