人的資源マネジメントにおいては、二つの要素に大きくわけて議論することができる。それは、プロジェクトとして必要な要員をどのように調達してプロジェクトを成功に導けるチームを組織化するかという点と、組織化したチームをどのように一致団結させてプロジェクトの成功にまい進させるかという点である。後者はチームビルディングなどでいろいろと議論され、多くの本も出ているが、前者について多くを語っている本は少ない。チームビルディングについて、ヒューマンスキルの一環として後日コラムに掲載することとするので、ここではチームの組織化を中心にお話しすることとする。
プロジェクトメンバーの組織化は、プロジェクトの規模や既存の組織形態によって手順ややり方に企業間で大きな差がある。プロジェクトの組織化において最も重要な選択は、誰をプロジェクトリーダーに任命するかであることは誰もが認めることであると思われるが、どれほど重要なのかはいろいろと意見が分かれるところであろう。2002年にTonyは米国におけるベンチマーキング調査の中で、プロジェクトの成否への影響度を次のように報告している。この調査結果が示すように、プロジェクトリーダーの選定は決定的に重要な意味を持つことがわかる。
- プロジェクトリーダー:50%
- PMO(Project Management Office):20%
- 組織環境:20%
- 外部環境:10%
*1) Frank Tony (2002). The Superior Project Organization, Marcel Dekker,Inc. xix.
特にプロジェクトの難易度が高くなればなるほど、プロジェクトリーダーの役割は大きく、誰がプロジェクトリーダーになるかによってプロジェクトの成否が大きく左右されることになる。これは、業界に関係なく共通の原理であると確信している。また、Tonyのベンチマーキング調査において、プロジェクトチームの編成も非常に重要であることが指摘されている。組織及びプロジェクトリーダーがプロジェクトチームの編成をどのようにするかで、プロジェクトの成否も大きく左右されてくる。プロジェクトチームの編成の重要性はプロジェクトリーダー及びそれ以外のPMOや組織環境に関わる共通の問題でもある。成功するためにどのようにプロジェクトチームを編成するかはプロジェクトリーダーの腕と、プロジェクトリーダーが属する組織の支援環境が大きく影響することとなる。さらに、Tonyはプロジェクトチームが上手く編成され、組織環境と外部環境のバランスが取れると非常に高いパフォーマンスを発揮することを強調している。
このことは、プロジェクトの難易度が高くなればなるほど又規模が大きくなればなるほど、プロジェクトチームのメンバーシップの重要性はますことになるであろう。プロジェクトチームはプロジェクトリーダーが行動を起こす拠点であり、このチームの良し悪しがプロジェクトの成果に大きく結びつくのは当然のことである。
だが、プロジェクトメンバーの選定においては、プロジェクトリーダーが選択に関与できる組織もあれば、全く関与できない組織もあるのが実態である。リソースがプールされプロジェクト軸が強いマトリクス組織では、プロジェクトリーダーにメンバー選択権又は拒否権がある程度認められている場合もあり、プロジェクトリーダーがメンバー選定に何らかの形で公式に関与することができるが、ライン軸が強いマトリクス組織となるとプロジェクトリーダーのメンバー選定は非常に限定され、公式にメンバー選定に関与することが難しくなる。
しかし、プロジェクトの成否がメンバー選定にかかっているのであれば、プロジェクトリーダーはたとえ公式な権限が与えられていないとしても、非公式な形でも関与していくことが必要であり、メンバーのアサインメントに関して運を天に任せるようなことをしてはならい。成功の見えないプロジェクトメンバーしか与えられなくても、上司を気遣って黙って我慢することは美徳かもしれないが、プロジェクトリーダーとして決して責任ある行動とはいえない。 なぜなら、プロジェクトリーダーは一旦プロジェクトを受けたのであれば、何があろうともプロジェクト成功に責任を持たなくてはならないからである。それなのに、プロジェクトの成功が危ぶまれるようなメンバーで満足して本当のプロと言えるだろうか。成功することこそがプロジェクトリーダーの第一の使命であり、その使命を脅かす要因に対処することがプロフェッショナルとしての本来の道である。上司を思いやり我慢することは組織にとって良い結果をもたらさない。プロジェクトリーダーは我慢したのだからというエクスキューズを心の隅に持つことになり、プロジェクトが上手くいかなかった場合の逃げ道を手にすることとなる。 上司にしてみれば、プロジェクトリーダーが何も言わなかったということは大丈夫だというサインとして受け取り、チーム編成において本来打つべき手を打ち損じるという大きなミスを起こすことになる。 これは非常に重要なことであるが、プロジェクトリーダーはプロジェクトを引き受ける以上、"成功"の2文字に固執しなくてはならない。そのためには、プロジェクトの失敗要因は最初から取り除く責務があり、上司と掛け合ってでも自分が必要とするリソースを確保することに努めることが重要である。
よく、全員がそんなことを言いたしたらきりが無く収拾がつかなくなるとか、優秀なメンバーは限られておりいくら言ってもどうしようもない、などとあきらめの意見を聞くことは多い。なるほど、そういう一面が無いとは言わないし、確かにそのようなケースはどの組織にもよく起こることであろう。だが、要員のアサインメントに対して、プロジェクトリーダーはどれほど真剣に考え組織に要求しているのであろうかと考えると、疑問に思うことも多い。無理を言って要員を要求するということは、その分プロジェクトリーダーには成功しなくてはならないと言う責任とプレッシャーが跳ね返ってくる。しかも、好き放題に要員を要求すると、プロジェクトリーダーは自身の能力を疑われることになりかねない。組織の状態を理解した上で、それでもこれだけは譲れないとう線を見極めることもプロジェクトリーダーの重要なスキルであり、その中でキーとなる要員を確保することもプロジェクトリーダーの重要な仕事なのである。
要員に関して上司に気兼ねして、言うべきことを言わないことは何の問題解決にも繋がらない。結果として、上司が複数のプロジェクトからの要求と組織として出せるメンバーとのギャップで悩み、苦労はするであろうがそれで良いのである。人の配分の苦労は上司の仕事であり、だからこそ高い給与をもらっているのである。またリソースがあてがえないのであれば、予算を増やすとか、期間を延ばすとか、ある期間応援を頼むとか、上司としてどのようにプロジェクトの成功に貢献できるかということは明らかになるはずである。上司は、自分の持てる力をもって可能な限りの対応をするであろう。それが、結果としてプロジェクトの成功の確率を上げることに繋がるのである。黙っていることは罪である。
今の時代、メンバーのアサインメントに贅沢は言えないというのも事実であろうが、その中でも外せないキーとなるメンバーについては、リストアップし確保することに全力を尽くさなくてはならない。そのために、各ライン長へ根回しすることも必要であろうし、上司に相談することも必要であろう。自分の周りを見渡し、自分の要求を通すために何ができるのかを良く考えて動くことが必要である。さらに、どうしてもこの人物だけはと思う場合は、プロジェクトリーダー引き受ける条件として交渉すると良い。それが、プロフェッショナルというものである。成功にこだわり、その条件を勝ち取ることもプロジェクトリーダーとしての重要な資質であると言えよう。
次にプロジェクトリーダーが具体的にメンバー選定にどのように関与していくのかいうことを考えてみよう。 自分が過去一緒にやった中で能力のある人材に早い段階で声をかけ、プロジェクトに興味を持ってもらうようにし、本人の意思を引き出すようにして引っ張ってくるようにするのが良い。本人の意思を引き出す形にはいろいろあるが、本人が優秀であればプロジェクトとして必要としていることをそのまま告げることでも良いし、プロジェクトリーダーとして本人の助けを必要としていることを率直に伝えることでも良い。必要とされることは、人の有能と思われたいという欲求を満たすことにつながり、そのプロジェクトへの参加意識は自然と高まることにつながる。また、プロジェクトでの特徴を話して、本人の興味を引くことでも良い。新しい経験ができることは、本人の知的欲求を満たすことにもつながり、プロジェクトへの参加に意欲的になるであろう。どのような形にしても、プロジェクトに参加することを魅力的にすることがメンバーの参加意識を高め、強いチームを作ることに繋がるのである。
しかし、気をつけることがある。自分の好きな人間、友人といった個人的な関係だけでメンバーを選択してはいけない。最も重要なことはプロジェクトに成功することである。そのために必要となるメンバーは誰なのかという観点を見失うと、様々な問題が発生することになる。気心の知れたメンバーは、プロジェクトをやりやすいというメリットはあるが、一方で多面性が欠け検討が甘いチームになる可能性も高い。プロジェクトには様々な困難が待ち受けているものであり、その中でプロジェクトリーダーといえども間違った選択することも良くある話である。 プロジェクトとしての判断を間違わないためには、プロジェクトリーダーの意見に迎合せずプロジェクトの成功という観点からチームメンバー全員が様々な視点で真剣に議論し意思決定することが重要であり、そのような議論ができるチームメンバーが不可欠となる。そして、プロジェクトリーダーは、そのようなメンバーを必要とし、そのようなメンバーを含めてチームを引っ張っていくプロジェクトリーダーの器量が求められるのである。"成功"の二文字を念頭に、本当に必要なメンバーを集めることがプロジェクトリーダーの重要な役割となろう。
さて、プロジェクトリーダーが必要としているスキルを持っている人材がすでに他のプロジェクトに参加し外せない又はそのような人材を知らない場合はどうすればよいのであろうか。その場合は、社内の人脈を通して適任者を探し出すか、公募で探し出すかすることが必要であろう。筆者が外資系の大手コンサルティング会社にいた時代は、個々人のスキルや経歴が示されたデータベースが整備され、データベースから適任者を探すか、リソースマネジャーといわれるプロジェクトへの要員をアサインメントする専任のスタッフがいて、リソースマネジャー経由でそのような人材をリストアップしてもらい、それぞれの候補者をインタビューして選択するという、非常に合理的なやり方をしていた。入社経験の浅い人間には社内人脈も乏しく、そのようなデータベースやリソースマネジャーの支援は非常に有効であったと思う。だが、ある程度の人脈ができると、データベース以上に信頼関係をベースとした人的ネットワークが使えるようになり、大抵の場合はクチコミや評判を、人脈を伝手に聞いて確認し採用した方が、良い人材を採用できるケースの方が多かった。
さて、次にチーム編成において成果をだすためのポイントを少しお話しよう。キーワードは少数精鋭と多能工である。チームを編成する場合、プロジェクトリーダーはなるべく余裕を持って要員を集めたがるものであるが、多くの人間でチームを編成すると機能しなくなる可能性が高くなる。リンゲルマンの綱引きの実験はあまりにも有名であるが、人は人数の多いグループにいればいるほど自分の能力を最大限に発揮しようとしなくなることが報告されている。つまり、人数が多いグループほど生産性が低くなるという結論を導き出しているのである。これは、プロジェクトリーダーの能力によって各人の能力の引き出し方に当然差はあることではあるが、傾向として間違いなく人数が増えるほど生産性は下がるのである。生産性が低いということは、プロジェクトにとって採算性が低くなることを意味し、利益を出しにくくなるというデメリットもさることながら、もう一つ大きな問題を抱えることになる。それは、個々人がプロジェクトにおいて最大限の能力を出し切らないということである。自分の持てる能力を最大限に引き出そうとすればするほど、人は考え成長しスキルも上達していくものである。少数精鋭でプロジェクトを動かすことによって、なるほど苦労はするであろうが、その代償として成長が得られることになり、結果として組織はプロジェクトの成果に加えて優秀な人材を多く手にすることになるのである。これが、余裕を持ったプロジェクト人員で行うと、プロジェクトの利益は出ず、さらに人材もあまり育たないという結果になってします。プロジェクトの作業量に比べて度を越した少数編成はプロジェクト崩壊の危険性を生むことになるが、適度な不足と苦労はそれほど悪いものではないとお考えいただきたい。
次に、多能工についての話に入ることにする。 近年、日本においても欧米並みにスキルが専門化するとともに個々人の業務も細分化するようになり、プロジェクトチームの編成を行うと様々な専門家の複雑な集団ができあがる場合が増えてきた。スキルの細分化をやりすぎることは危険である。細分化すると、個々人は自分の専門性をベースとした内向き志向が強くなる。プロジェクトを全体としてとらえずに、自分の専門性の観点を中心にとらえるのである。プロジェクトリーダーはそれら内向き志向のメンバーに対してプロジェクト全体の整合性を取りながら進めていかなくてはならず、非常に苦労することになる。また、専門性にこだわるがゆえに、他の仕事の代替はできず、結果として人は増えるばかりで生産性は結果として低下するようになる。このような単能工の集合体をしっかりマネジメントし結果を出すには、マネジメントも相当な工数と要員が必要となってくる。本来、日本人は多面的に物事を見ることができるように育ってきた。ある意味では、あれこれ口を出すが、多能工的にいろいろな仕事を柔軟にこなすという文化を持っていたはずである。それは、農耕文化の「村」意識にある、助け合いの文化であり、お互いが困ったときは助け合うという日本人独特の価値観に根ざした強みでもある。自分さえ良ければよいという、個人主義は日本文化には似合わない。多能工は多くのプロジェクトにおいて多くの視点を与えてくれ、またプロジェクト内での人的な流動性を助けることになる。これによって、少ない人数で効率の良いチームをつくることが可能であり、多くの無駄が省くことが可能となる。筆者が知っているグローバル企業で、日本人の強みを生かした業務方法をグローバルで実施している企業がある。その企業は日本企業であるが、90%以上が日本人以外の人たちであり、現在世界第二位のシェアを持ち、現在は世界第一を狙える位置まで成長してきた。ここでは、早くから欧米的なマネジメント手法を取り入れてグローバルで戦ってきたが、単なる欧米の物真似はしなかった。何が結果を出すかを経営陣はとことん考え抜き、日本人が得意とする多能工のやり方をその企業の標準のやり方としてグローバルで徹底して教育し、リーンマネジメントを合言葉に誰もが多面的に助けあう日本的なやり方を確立し、成功を収めたのである。これからより複雑さが増す中、この多能工的な人材が豊富な企業はより成果をだしやすくなるであろう。
最後に、一つだけ参考になる話をしておきたい。チームの賞味期限についてである。いったいチームはどのくらいの期間、有効に機能するのであろうか? 誰もが関心があるテーマなのかもしれない。 Plez,D., and Andrew,F.M*1) によれば、チームの生産性は16ケ月までは上昇するが、それ以降は徐々に下がってくることが報告されている。チームも長くなると倦怠期が訪れ、マンネリ化してしまうのである。このような研究からチームの有効期限は3年~4年というのが、もっぱらの意見であり、筆者の感覚にも合っている。だが、長いプロジェクトは存在するわけで、プロジェクトチームもプロジェクトの期間は存在せざるを得ない。このような場合は、プロジェクトのステージを変えたり、プロジェクト環境を変えたり、又はチーム編成を変えたりすることが望ましい。環境や体制を変えることによって、新たな刺激が発生し、チームの生産性の低下もある程度は抑えることが可能となるであろう。
*1) Plez,D., and Andrew,F.M, 1966 "Scientists in Organization" New York :Wiley